英語における敬語の仕組み

 

...英語における敬語の仕組み


Q.英語に敬語はありますか?

A.ありません。代わりに”Could you…?”などの表現で丁寧さを表せます。

典型的な回答だと思いますが、これを読んでどう思われますか?

「その通り」と思いますか?
「よくわからないけど、へぇ、そうなんだ」という方もいらっしゃるでしょう。

しかし!!!

それ以前に「敬語」って何ですか?

 

国語で「敬語には尊敬語、謙譲語、丁寧語の3種類がある」とおそらく習いますよね。

じゃあ・・・

丁寧語っていつでも丁寧なんですか!?

尊敬語っていつでも尊敬を表すんですか!?

そんなことはありません。

いつも「おはよう」と言い合う仲の人が、ある日突然あなたに向かって

  「おはようございます」

なんて言い始めたら全然丁寧じゃないですよね。

むしろ、よそよそしい。

 

つまり、敬語と言われている言葉は、

敬意を表すのではなく、心理的な距離を表すのです。

目上の人や親しくはない人に対して心理的な距離をきちんと置くことが敬意を表すことになるのです。

親しい人に対して距離を置いたら、それは敬意などではなく疎遠なだけ。

敬語というのはですね、人との距離の取り方における方法の1つでしかありません。

他にも断定や押しつけを避けることでも距離を取ることができます。

どこの言語・文化でも、他人との間に正しい距離を取ることが求められます。

距離が近すぎると「馴れ馴れしい」、遠すぎると「よそよそしい」などと思われてしまうものです。

例えばフランス語やドイツ語などでは二人称に二種類の言葉があります。
フランス語だとvous、tu
ドイツ語だとSie、du

一般的に親しいtu/duとを使い、そうではないとvous/Sieを使いますが、これも全く同じ仕組みです。

親しくない人に対していきなりtu/duと言うのは「お前」と呼んでいるのと同じようなものです。

 

最初の質問に戻ります。
では、英語ではどうやって距離を取るのでしょうか?

大きなものを2つ紹介しますと、1つは疑問文、もう1つは過去形です。

 Pass me the salt.「塩取って」

という命令文の代わりに

 Will you pass me the salt?

のように意思を訊ねるという形を取ったり、

 Can you pass me the salt?

のようにできるかどうかを聞いたりすることで押しつけを避けるわけです。

さらに過去形にして

 Would you pass me the salt?

 Could you pass me the salt?

といえば、疑問文と過去形の両方使っているからさらに距離を置くことができ
ます。

過去形を使うのは別にお願いするときだけとは限りません。

 I thought you were going out tonight.
 「今夜は出かけるんだと思っていた。」

のように過去形にすることで断定を避けるのは日本語も全く同じですね。

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[ポイント]

◇敬語は心理的な正しい距離を取るための方法。

◇英語では疑問文と過去形で相手との距離を取る。

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[さらに突っ込んで・・・]

敬語についてもう少し補足したいと思います。

敬語や丁寧な言葉(politeness)は、正しい距離を取るための方法の1つに過ぎません。

「正しい距離の取り方」のことを言語学(語用論)では appropriateness(訳語は「適切さ」なのかな・・・?)と言います。

日本語では敬語(尊敬語、謙譲語、丁寧語)を使って距離をはかることが多いです。

しかし、英語には敬語というものはありません。
距離を取る場合には日本語とは違うやり方で行います。

また、それだけでなく、距離を取るタイミングも違います。
これには文化的な違いも大きいのですが。

日本語は人やものの関係がとても重要な言語です。

例えばですが、相手がいないと自分のことを指す言葉が決められません。

男性の場合ですと、相手によって「私」だったり「俺」だったり「僕」だったり、自分の子供に対しては「お父さん」、見知らぬ子供に対しては「おじさん」、可愛い妹に対しては「兄ちゃん」などと言葉が変わりますよね。

しかし英語だと、どんな状況でも自分のことを “I” と指し示すことができます。

それと似ているのですが、人と何気ない会話(例えば天気の話)をするときにも、日本語では相手との距離がわからないと言葉を選べません。

「今日はいい天気ですね。」

と言うのか、それとも

「今日はいい天気だね。」

なのか。

ですが、英語ではどんな人間(以外も含んだって問題ありませんが)が相手でも

It’s fine today.

と言ってしまって問題ありません。「適切」です。

 

では、英語ではどういう場合に相手との距離を考えないといけないのでしょうか?

それは「相手に対して力が及ぶ」場合です。

例えば
・何かをお願いする。
・間違いを指摘する。

こういったことをする場合には、相手との正しい距離を取るように心がけないと失礼に当たります。

ではどうやって距離を取るかといいますと、これは多くの言語で共通な気がするのですが
・疑問形
・過去形
・婉曲
です。

例えば窓を開けて欲しいときに

 Open the window, please.

というのか

 Will you open the window, please?

というのか

 Could you open the window?

というのか

 Would you mind opening the window?

というのか

 I wonder if you wouldn’t mind opening the window.

というのか

 I was wondering if you could probably open the window.

というのか、はたまた

 It would be nice to have some fresh air, wouldn’t it?

というのか。

どの言い方が適切か、ということは状況によって違います。
頼む相手によって、頼む内容などによって違います。

普通であれば Could you? とか Would you mind? レベルの表現で充分丁寧ですが、絶対に大丈夫ということではありません。

 

言いたいことをまとめますとこういうことです。

・日本語では常に相手との距離を意識する必要がある(そのために敬語を使う)

・英語では相手に力が及ぶ場合にだけ距離を意識すればいい

・日本語でも英語でも疑問形、過去形、婉曲で距離を取る

P.S.
日本語では「丁寧な言葉」と言ったときに敬語が強調される(一人歩きする)ことが多いように思います。

敬語を使ってはいても
・疑問形
・過去形
・婉曲
をうまく使えないと結局それは失礼に当たるのですが、そこをあまり気にすることの出来ていない人って結構いるように感じます。


  • この記事を書いた人

    イングリッシュ・ドクター 西澤ロイ

    イングリッシュ・ドクター(英語のやさしい“お医者”さん)。
    英語が上達しない原因となっている「英語病」をなおす専門家。
    TOEIC満点(990点)、英検は4級。獨協大学英語学科を卒業。言語学を専攻。

    著書に「頑張らない英語」シリーズ(あさ出版)、新刊『英語学習のつまずき50の処方箋』(ディスカヴァー21)など、計11冊で累計17万部を突破(書籍の一覧はこちら
    日本人が「英語ができない時代」を終わらせることを目指して日々活動中。